2009年12月4日金曜日

スポーツ界のつけ

事業仕分けについて、スポーツの各界からも異論・意見が公表されています。

庶民的には、totoの助成がうまく使われていくのならば、国費がない今、財源のあてがtotoになることもいたしかたない部分もあるのかなと思ったりもしています。

ただ、心配なのは、行政にありがちなことで、予算がつかなければ、その分野の仕事はしなくなる。。。ということです。
予算の中で最大の割合を占めるのは、おそらく行政職員の人件費や役所の維持管理の固定費であることを考えると、目先の事業費がつかなくとも、いくらでもやれること、やらなければいけないことはあるはずです。
 totoに全て頼ることで、政策が失われ、どういうところに補助していくべきかという議論を誰がしていくことになるのか、考えていくことになるのかが心配です。

 ところで事業仕分けについて二つほど感想を持っています。

 一つ目は、スポーツだけでなく全般に言えることですが、事業の実施を担っている現場の声ではなく、お金を配っているだけの省庁の職員と、事業仕分け人のやりとりになっていて、そこに人生をかけていたり、暮らしをかけていたりする人間の意見は本当に反映されているのか、聞こえているのかということです。

 もう一つは、仕分けされてから声を出すくらいなら、国民の支持を得られるような活動を、スポーツ界がこれまで本当にしてきたのか? ということです。
 競技者育成ならばまだしも、ジュニアスポーツ(小学生年代)の現場では、あいかわらず、指導者と名乗る方々が、マスターベーションとも思えるような姿勢で、子ども達を罵倒し、コマのように扱っています。
 こんなことで、本当にスポーツを好きな子ども達を育てられるのか・・・・。
 人気スポーツ種目では、大きなコマーシャルビジネスが動くにも関わらず、一部の方々が潤うことに使われ、下支えする地域スポーツの現場には落ちてこない。その結果、いつまでもアマチュア=ボランティア=やっていることがえらい みたいな図式がでていること。これも底辺拡大にも底上げにもつながらない現実。
 うちの○○団は、健全育成に力をいれています・・・といいながら、落ちこぼれて辞めていった子に対しては、意識が低いからだと言い放つ指導者。最後まで残った従順な子ども達のみをみて「健全育成」といい、その子達が、13歳以後、どのようなスポーツ人生を歩むかは、全く感知しない。
 こんな状態が全国で放置されていて、スポーツは感動を呼ぶから・・・と、仕分けに対して異議をとなえていても、いまだ、国民の半数以上が、週に1回もスポーツをしない状況の中では、弱いような気がします。

 どげんかせんといかん・・・・は、スポーツ界内部の問題が大きいのではと思います。
 末端の問題だといわれるかもしれないですが、その末端の指導者や子ども達から、登録料をとり、認めているのもまた上部団体です。
 指導者にお墨付きをあたえて、お金をとっているのなら、責任ももっととるべきではないか。子ども達をどう育てるべきか、もっと方針を出していくべきではないのか・・・(技術論ではなく、基本的な取り組み方)。
 それが守れない指導者からは資格の剥奪も辞さないくらいでないといけないのではないかと思う今日この頃です。

 なんでそう思うかって、とある少年団の大会会場で、とあるチームの子ども達が、「卒業して中学校にいったら 何部に入る?」という会話をしており、そこに3~4人いた子が全員、その種目を言わず、他の種目などを言っているのを耳にしましたためです。
 この子達、楽しくて、その種目が好きだからやっているのではないかと思いきや、友達がいるからとか、他に種目がないから・・・・と、しかたなくそこでやっているという感じでした。
 これじゃぁ 強くなるわけもない・・

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